昭和47年6月1日 月次祭
                     中村良一


六月の月に入らせて頂きました。十月に仕えられます、ここの、開教満五周年記念祭がもう、二年ぐらい前から、そのことを、色々、話し合いを致しまして、まぁ、段々、その話し合いが進められておりますけれども、具体的には、まだ、まぁ、いわば、何一つ出来てはおりません。その記念祭も、もう、六月七月八月九月、もう、四ヶ月、百二十日間でございます。そこで、その、記念事業として、こちらに、西脇殿が出来ております。その西脇殿が、記念事業として、取り進められると言うまでには、色々、話がありまして、マルショウ会館、マルショウの人達の会合の、まぁ、場という様なことで、お届けがありましたけれども、神様は、そのことは、お許し下さいませんでした。そこで、ここのお広前から、このガラス戸を取ってしまって、向こうへ繋がるお広前。言うならば、ここのお広前の延長であるという事で、西脇殿御造営という事でございましたら、もう、一も二も無しにお許しを頂きました。と言うのは、どういう御神意であろうか。マルショウ会館のことのためならば、お許しを頂かなかったけれども、それが、お広前の延長であるという事であったら、すぐお許しを受けたという事。
椛目の時代から、六畳一間で、御用させて頂いておりました頃から、ね。それが、十畳になり、二十畳になり、ね。二十四畳になり、しかも、今度は廊下に畳を引いて、まぁ、四十枚ぐらいになりましたでしょうか。ね。で、あそこで一杯だったんですけれど。だから、ここに、こういう、ほんなら、広大なお広前が建立されたのですから、ね。まぁ、いうならば、少しはここが、空かなければいけない。けれども、ここでの、一番初めのお祭りは、まぁ、奉祭式だったでしょうかね。もう、ここのお広前が、一杯でございましたよね。次々と、御大祭が奉仕されます。椛目の時代には、あの、まぁ、四十畳が一杯であった。ここでは、その倍の、百何枚かあるでしょう。ここの障子を取りますと。いわゆるその、百畳敷きが、一杯になっておる。これはもう、お参りが多くなったから、広げようと言うのではなくて、神様が、先に立って、お広前を建立された。今度の場合でも、神様が、先頭に立っての、西脇殿御造営であるという事から考えましてです。ね。今度そこに、百畳敷きが、また出来る。百畳、また以上です。こちらからの部屋を入れますと。そすと、今の、この倍にならなければならない。ね。こらちょっと、幾らなんでも、ちょっと、難しかろうごたる。やっぱり、半分は、マルショウ会館で無からなければならないような気もするんですけれども。さぁ、神様のなさることは、私共では分からない。恐らくは、もう、神様の下準備と言うものは、段々、あってるんだけれども、それを、お互いが、気付かないだけの事である、と、私は思うんです。
今日も、久し振りで、若先生達の部屋に参りまして、若先生と二人で、いろいろと話したことでした。今度、教師会で、二十何箇所の教会があります。それの、発表が、今度、合楽の若先生が、それを受け持つことになった。そりゃ、まぁ、先達先輩の偉い先生方が、沢山おられる中で、若先生が話をするという事は、おこがましいことですけれども、その、教会の信者が、助かっていくという事。取り次ぎ助けられていくという事の現状を、どういうような生き方、あり方で、おかげを頂いておるかを、話をする当番になっておるというのであります。それで、私は、今の、その事を申しました。ね。椛目から、合楽に変わって参りました、段々の、おかげを頂いてまいりましたことを。そこで、ほんなら、合楽では、どういうようなお取次ぎをさせて頂いておるかと、ね。
病人さんがお参りをしてきたら、食物訓などを、説いたり、病気には、こう言う教えを守らなければならないと言った様なものではなくて、問題は、ただ、私が、ここで、座らせていただいて、ね。今、有難いと思うておる事を、ただ話すだけなんだ。ね。もう、これは、初めてお参りをしてくるという方などには、そのお話も、あんまりしない。ただ、それぞれの願いを聞かせていただいて、お願いをさせてもらうからには、そこに、印が見えなければならぬ。印が見え出したら、また、参っておいでというのが、私の生き方。おかげを受けて、そして、それから後に、お話を聞く。ね。まぁ、そういう、まぁ、例えば、これはまぁ、合楽独特の、例えば、お導きをせにゃ助からん。御用せにゃ助からんと言った様な事ではなくて、もう、御用は、させて貰わなければおられないもの。お導きは、それぞれが、自分が助かったら、その自分の助かりを、同じ、同病、相憐れむ人に、ね。このことを伝えなければおられないと言うものでなからなければならぬ。そうした、お導きに回ってと言う様な事は、私は、ここでは説かない。そういう事は、他所の教会と全然違った、まぁ、生き方だと、こう思うのです。だから、まぁ、うちの親先生は、こう言う息方だという事を、結局、親先生の信心を話すより他は無いねと。こりゃまぁ、どこまでも、しかし、合楽の信心なのですから。私共が、御本部で習うてきたといった様なものではない事をです、話したが良かろうと言うて話したことです。ね。
先日も、私、ちょっと、控えに参りましたら、今の本を、全部あの、本箱から出しえしまっているのを、一番上に、こうあるのが、真の道教という、やはり、金光様の教師の資格を取って、四国で道開きをされて、そらもう、山の中の、もう大変な、それこそ、感じが山猿のような感じの先生です。写真が写っとるです。けれども、人が助かる。十万からの信者が、当時はあったと言われる。ね。それが、ほんなら、どういう様な事をもって、助かったかというと。いわゆる、真、真、真の道と言うて、言われたけれども、その真の道を説いておられる教えが、幾らもついておるけれども、もう、私から言うと、ちょっと、可笑しいような感じである。ね。言うならば、非常に御祈念の強い方らしい。とうとう、教師を辞退されまして、そして、新たな、いわば、真の道教団というものを、設立された。で、その後、まぁ、亡くなられてから、もう、二十年ぐらいなるのでしょうか。後が、その、ぱっとしないと言うのが、現状らしいんですけれどもです。ね。例えば、本当に、例えばその、御霊様関係だけを言うて、人がどんどん集まるとか。撫ぜたり、さすったりぐらいで、人が助かるとかと、言う様な事では、それが、十万が、二十万集まってもです。そういう集まり方では、いけないんだと、私は確信しておる。
どこまでもね。いわば、合楽の場合は、現在、合楽のご信者さんが、まぁ、現状維持のような状態で、大した、減りもしなければ、いみりもしないといった様な状態だけれども、けれども、ここに、西脇殿が出来よるところを見るとです。そういう中にも、もう、神様のご準備というものがです、ね。新たな信者さん方が、助からなければいけない人達が、もう、ひしめき合うているような感じがする。だから、そういう人達が、助かることの前にです。現在、合楽で、信心を頂いておる人達がです。この、一線上までには、出らなければならない。ここまでは、信心を、一つ、分からせてもらい、進めさせてもらわなければならないと言う事がです。長い間、限りなく、美しゅうなりましょう。いよいよ、豊かに、大きくなろう、ね。そして、今年は、和賀心時代を作ると言う、神様の願いに応えての信心にならせていただこう。今朝からの御理解を頂きましても、こころは、信心の定規じゃによってと仰る。心は信心の定規という事は、金光様のご信心をさせて頂く者の心の状態は、和賀心が焦点である。その、和賀心の状態が、現在、今、どのような状態であるかという事を、見極めるという事なんです。ね。心は信心の定規じゃ。今、今の和賀心の状態というものが、ね。どのような状態になっておるかという事。ね。そして、ここを、限りなく極めていく以外には無い。もう、金光様のご信心は、和賀心に始まって、和賀心に終わるのだ。ね。そういう、思い込みを持たせていただく、信奉者の、現在、ここにご縁を頂いておる方達が、信心とは、ね。ご利益を頂くという事だけではなくて、拝むとか、参るという事だけではなくて、自分の心の状態が、和賀心に焦点を、いわば、調子を合わせていこうと。ちょうど、この合楽の時計に、毎日、進みすぎたり、遅れたりしておるならば、合わせていかなければならないように、現在、合楽の生き方に、自分の心の姿勢というものが、向いておるかどうかという事をです。その調子を合わせていくと言う、そこまでは、信心が分からなければならない。ね。そして、その心に、おかげがあるんだ、力を頂けるんだと確信しなければならない。また、おかげを受けていかなければならない。そして、これが、なるほど、徳であろうか、力であろうかというものを感じ取っていかなければならない。
そういう、例えば、このお広前一杯に集まる、合楽の信奉者がです。そこの所までの、一線上に出たならばです。後は、それこそ、また、枯れ木も山の賑わいで、ね。沢山の人が、・・・。そういう、一つの信心の土台として、だから、皆さんは、そういう信心の土台にならなきゃ。合楽の土台なんだ。ね。合楽の土台というと、如何にもこう、ね。ほんなら、合楽の犠牲にならんならん様な事を感じますけども、そういう事ではなくてです。それが、皆さんの信心の土台であり、お徳を、限りなく受けていくところの土台なのですから。そこまでは、どうでも、いい加減でおかげを受けるという事ではなくてです。和賀心に精進さえさせて頂けば、おかげは付いて来るという信心に、ね。一つ、今朝の御理解をね、もう一遍、本当に、大変詳しく、新たな角度から、ね。心は、信心の定規という事を説いてありますから、一遍、頂かれて、ね。自分の心の状態と言うものが、何時もそれに、調子を合わせていっておるかどうかという事をです。確かめ合うていかなければならない。家族の上でもそうである。ね。家族中の信心させて頂く者が、どういう問題があっても、お互いの心が、ね。和賀心をもって解決するんだ。そこには、問題は無くなるのだと言うほどしのおかげを頂かなければならない。この、一線上に出るまで、だから、若先生、あとまぁ、五ヶ月か、ね。いわゆる、御大祭、記念祭までにはです。どうでもこうでも、毎日、毎日、説かれておるところの、いうなら、和賀心時代を作る、その運動に参画するという事は、自分自身も、その気にならなければならない。その体験を、日々、積み上げていかなければいけないという事なんです。ね。どんな場合であっても、その、和らぐ心、または、喜ぶ心とは、先ほど、三橋先生が話しておりましたように、ね。祝い喜ぶ心と、ね。赤飯を炊いて、お祝いをするような心の状態というものをです。どういう信心をさせていただいたら、そういう喜びの心が、和らぎの心が頂けるかという所に、焦点を置かせていただくならば、朝晩に頂いておる御理解は、もうこの事ばっかりなのです。和賀心にならせて頂くことの為に、ね。それは、日々の、朝の御理解をね。ただ、ひとところでも、そこに焦点を置いて、精進をするならばです。必ず、そこには、生れてくる、和らぎ、または、喜ぶ心とは、こういう心であろうかというものを、皆さんが、体験しておる。ね。だから、その一線上に、合楽の信奉者の全部が、ここの一線上にでらなければいけな。それが、合楽の土台なんだ。その土台に、また、こちらに百畳敷きが出来るならば、その百畳敷きもまた、一杯にならせていただくような、いうならば、おかげを求めてでも良か、新人を求めてからでも良か、ね。さまざまな人達が、いわば、それは、枯れ木も山の賑わいかも知れないけれども、そういう人達が、いうなら、沢山、多くなっていくことだろうという事をです。今日は、若先生と話したんです。ね。こちらが広うなっていきよる。記念祭じゃけん広うなるのじゃなくて、もう、神様の、そういうご準備があっとるからこそ、マルショウ会館では、お許しを頂かなかったのが。お広前の延長であるという事になったら、もう、即座に、お許しを頂いたという事は、私共が、そこに、本気で、その事を考えなければならない。果たして、だから、めいめいの心の中に、全ての問題がです。和賀心に向って、その問題を、例えば、頂こうとしておるか、解決しようとしておるかという事なんです。ね。
今月の、私は、六月の焦点と言おうか、ただいまの御祈念に、そのことを神様に申させて頂いとりましたら、今日の大盛り台の中に、大きな壷がお供えしてございましたでしょう。あれは、シナ壷、ここのところにね。あれには、ニンニクがね、蜂蜜に漬けたニンニクが、あのカメに一杯入っとる。昨日は、ある方が見えてから、その話をしたら、いやぁ、そりゃ、もう、随分高いもんでしょうな。このくらいばかりの、あの、ニンニクを蜂蜜に漬けたのが、二百円もする。小さい鉢に。こりゃ、あんな大きな壷に入っとるなら、随分がたあるでしょう。しかも、いわゆる、本場のシナから渡ってきたと言う。中国展で買うてきたという方が、あれをお供えされた。その壷を頂くんです。ですからの、ニンニクと言うのはです。どういう事の働きかというと、もう、とにかく、もう、もりもりと力が出ると言う、力がつくという事。それは、後で聞かせて頂いたんですけれども、日田の綾部さんが、ニンニクを、蜂蜜に漬けておる。これがね、化粧料ですかね。とにかく、皮膚を、何時も、生き生きと若返らせるには、もう、これが一番、自分は、まぁだ、女学校時代から、これだけだと。それにあの、化粧水、あの何ちいうか、へちま水ね。へちま水を、毎年とらせていただいておる。それを、その後につける。そら、ちょっと臭いけれども、お風呂に入る時に、こうやって付けて、そして、上がるときに洗い落として、えらいこれが、じかじかする。そのじがじがするのが、マッサージの用をなすらしい。そしてその、蜂蜜が、まぁ、綺麗になって、こう、そのまぁ、綺麗でしょうが、だから。あっはは、もう、本当にですね。ばちばちしなさいますもんね、何時でん。そしたら、そういうものを、もう、女学校時代から、ずーっと、付けておられるという事です。だからもう、化粧料としては、もう、最高ですよ。だから、結局、ほんなら、私が、あんな壷を頂いたという事はね、限りなく、まぁ、美しゅうならせて頂くという事は、まぁ、限りなく、おかげを頂きながら、力を造っていくという事に、焦点を置くという事なのです。ね。
今朝から、久留米の佐田さんが、頂いておる、こないだのお知らせの中に、合楽教会が、こう、何か、大きな会社のごつなってる。それが、ずーっと、部屋が沢山あってから、ここは総務課とか、経理課とか、色々こう、あれが出てるでしょう、札が。それがね、あの、牛蒡課と、それやら、人参課やら、芋課やらちあるとげなもん。はっははは、私は、しかし、それを頂いてから、素晴らしい事だと思うた。ね。だから、恐らく、ニンニク課もあるに違いはありませんよね。そらまぁだ、色々、課があるだろうと思う。キャベツ課もありましょうし、ね。そこでです。その、牛蒡課とかね、その、人参課とか、芋課とかいうのがです。現在、お互いの、ほんなら、合楽の信奉者が、全部、この会支社に勤めておるんだと。そして、どの課にか所属しておるんだという事なんです。だから、その自覚に立てという事である。今、あなたは、牛蒡課におるんだ。あなたは今、芋課におるんだ、ね。牛蒡と言うのは、それこそ、長う苦労しておる。長い、ね。だから、どういう御用にでも立たせていただくというのが、まぁ最高でしょう。その修行でしょうね。長い苦労、長い修行させていただいておる。だから、ほんなら、牛蒡というものは、毎日のお惣菜には、言うに及ばず、仏事ごとにでも、ご祝儀事にでも、絶対、この牛蒡だけは使う。どういう御用にでも使われるだけの信心修行を、今こそ、あなたは牛蒡課でなさっておられるんだ。ほんに、信心しよって、あの人ばっかりは、いつまっでも、貧乏さっしゃると言うて、人から、後ろ指を指されるような、恥ずかしい思いをしておる人は、まぁ、人参課じゃなかろうかと、私は思うた。はっは、すぐ顔が、真っ赤になる。はっはは、いわゆる、人参課です。ね。芋課ち言うのはもう、ぼちぼちおかげを頂いてから、芽のいもうとる、今、もう、芋ちいう奴は、これ、もう、どれだけでん、芽がこう、はびこるものです、ね。そういうところにあるんです。まぁ、色々、キャベツ課もあろう。身の皮剥いで、信心修行させて頂きよる人達もありましょう。だから、その、どういう課にかです。お互いが、所属しておらなければならないという事です。ね。その、どの課でもです。結局、焦点は、どこに置いてあるかというと、和賀心なのです。ね。和のこころとは、如何にして、喜びの心としては、どういう信心させて頂いたら、いただけるかというところに、何時も焦点、どういう問題があっても、その、和賀心というところに、調子を合わせることに精進させていただいてです。ね。合楽で奏でておる調子に、合おうと、精進するという事なんです。和賀心になってしまわなければ、おかげは受けられん、徳が受けられんて言うのじゃない。そこで、自分の信心というものがです。何時もその、ね。心の定規というものがです。いわゆる、和賀心の定規というものが、どのようになっておるか、もう、今の所は、もう、それこそ、暮れの闇、こころは真っ暗。もう、和賀心の和の字もない。という様な状態では、おかげが受けられん。ね。
先日、ある人がお届けされました。そしたらね、暗中模索と頂いた、ね。真っ暗い中でです。こうこ、手探りしておる様な事で、それで、探し出さないて、おかげの元を。自分の心がね、いわゆる、和賀心、和賀心と、和賀心を目指すと、神様は、すぐ、喜びになり、いわゆる、これが光であろうかというものが、これに、ポーっとなっとも点く訳です、心のなかに。だから、はぁ、自分の求めておるものは、これだと言うものが、いわゆる、暗中模索ではなくて、光の中に、自分の求め探させておるものを、これだと頂かせていただくおかげを頂かなければ、ね。暗中模索では、何十年経ったって駄目だという事です。ね。そういう意味において、合楽ではです。それを求めてくるならば、必ず、光が与えられる。そして、はぁ、人じゃなかった。自分のここの所の、おかげが受けられないものが分からせて頂くところから、改まりの生活も、また出来るのである。今月の焦点というて、あの、ニンニクの大きな壷をです。皆さんにも、希望者には、一つ、分けてあげたいと思う。美しゅうなりたい方、強くなりたい方、ね。ですから、そういう、例えば、ニンニク課に、一つ、入らせて頂いてですね。ね。そのニンニクが、臭いのも、また有難いと分からせて頂くような信心を、これは、今月の焦点だけではない。若先生の話した、ね。記念祭を目指させていただいて、お互いの信心の姿勢というものが、ここまでは、いわゆる、今日申します、何課にか所属しておるという自覚を持ってです。私は、記念祭に向わなければならないと言う風に思うのです。ね。どうぞ、本気で、一つ、そこんところを精進し、頂かせていただこうと言う気持ちにならせて頂いたら、ね。もう、今、難儀をしておる問題が、もう楽になるです。ね。本気で、そこんところを頂こうと言う信心になったら、もう、本当にね、その問題はもう、問題じゃなくなってくるです。ね。そういうおかげを頂いていきたいと思います。どうぞ。